昔はネットを見る時間がもっと長かった。
ニュースを見て、SNSを見て、コメント欄を見る。
気付けば1時間以上経っていることも珍しくなかった。
しかし最近は、以前ほどネットを見なくなった。
理由は単純だ。
見ていて疲れることが増えたからである。
誰かを裁く話ばかり
最近、ご祝儀2万円問題という記事を見かけた。
内容は、40代で結婚式を挙げた人Aが、友人Bから2万円のご祝儀を受け取り、「少ないのではないか」と感じたというものだった。
ただ、その友人Bは20代の頃、彼女の結婚式にAが2万円を包んでいた相手でもある。
つまり、
「昔も2万円、今回も2万円」
という話だ。
もちろん、物価は上がっている。
結婚式にかかる費用も昔より高くなっているだろう。
それでも私は、別のことが気になった。
なぜ、そんな話をわざわざネットで発信するのだろう。
身内や親しい友人との会話なら分かる。
しかしネットに出れば、それがまるで世間全体の常識のように広がってしまう。
若い人が読めば、
「結婚式って面倒そうだな」
「ご祝儀を査定されるのか」
と思うかもしれない。
ご祝儀の話に限らない。
最近のネットは、誰かを裁く話題であふれているように感じる。
正しいか間違いか
ネットを見ていると、
何でも白黒つけたがる人が多い。
正しいか間違いか。
常識か非常識か。
味方か敵か。
もちろん判断は必要だ。
しかし現実はそんなに単純ではない。
家庭環境も違えば、収入も違う。
考え方も違う。
それなのに、一言で片付けてしまう。
そんな光景を見かけることが増えた気がする。
SNSから少し離れて気付いたこと
実は最近、SNSを見る時間がかなり減った。
意識してやめたというより、自然と見なくなった。
すると意外な変化があった。
心が疲れにくくなったのである。
以前は、
誰かの炎上。
芸能人への批判。
SNSでの言い争い。
そんな情報を毎日のように見ていた。
不思議なのは、それらが私には全く関係ないということだ。
知り合いでもない。
仕事にも関係ない。
生活にも影響しない。
それなのに、見終わった後はどこか疲れていた。
今思えば、自分とは関係のない感情まで毎日受け取っていたのだと思う。
怒り。
不満。
嫉妬。
不安。
それらを自分で発信しているわけではない。
ただ眺めているだけだ。
しかし、人の感情というのは思っている以上に伝染する。
自分には関係のないニュースを読んでいるだけ。
自分には関係のない動画を見ているだけ。
それなのに、少しずつ心は消耗していた。
その議論で何が変わるのだろう
以前の私は、こういう話題をよく見ていた。
しかし最近はあまり興味がなくなった。
なぜなら、その議論で何かが良くなるとは思えないからだ。
コメント欄で言い合いをしても、
家計は改善しない。
資産も増えない。
家族との時間も増えない。
現実は何も変わらない。
むしろ、気付けば時間だけが過ぎていく。
行動する余力が戻ってきた
SNSを見る時間が減ると、その疲労感が驚くほど減った。
すると不思議なことに、行動する気力が戻ってきた。
ブログを書く。
家計簿を見る。
お得なキャンペーンを調べる。
実際に試してみる。
失敗したら次に活かす。
以前なら情報を見て終わっていた時間が、少しずつ行動する時間に変わっていった。
私はSNSを完全に否定するつもりはない。
便利な情報もあるし、勉強になることもある。
ただ、自分に関係のない情報や感情を受け取り続けることが、本当に必要なのかは考えるようになった。
現実の方が面白い
最近は、その方がずっと面白い。
ネットの中で誰かを裁つことより、
自分の生活を少し良くすること。
SNSから少し距離を置いたことで、私はそのことを改めて実感した。
情報は大切だ。
しかし、情報を消費し続けるだけでは人生は変わらない。
人生を変えるのは、結局いつも行動の方だと思う。
だから最近、ネットを見る時間が減った。
そしてその分だけ、自分の人生に使える時間が増えた気がしている。


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